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自己紹介

1 経歴

1960 今治西高校 卒業
1964 東京大学 法学部 卒業
1970 弁護士登録
1970 – 72 アンダーソン・毛利・ラビノウィッツ 法律事務所勤務(国際取引専門)
1972 – 73 ロンドン大学 大学院 海商法専攻(Diploma in Sipping Law を取得)
1973 – 74 ロンドンの法律事務所に勤務
1974 – 76 パリの法律事務所に勤務
1976 – 80 ブラウン・守谷・帆足・窪田 法律事務所勤務(海事問題専門)
1985 – 2002 志水法律事務所(東京)
2002 同(今治)

 

2 著作

「船舶と債権者 - 英米日法の比較」(日本海運集会所1985)
訳書:ノエル・クールソン「イスラムの契約法」(有斐閣1985)

 

3 趣味

1. 囲碁六段

 

2.カラオケ

   北の漁場  99点

   北の旅人  98点

   海の祈り  97点

 

3. 川柳鑑賞

「誹風柳多留」(1765~ )

寝ていても 団扇の動く 親心
男の子 はだかにすると つかまらず
腹のたつ 裾へかけるも 女房なり
理に勝って 女房あえなく くらわされ
仲直り すると女の 声になり
女房と 相談すると 義理を欠き
女房は 根っから俗な ことをいい
嫁の顔 めがねのそとで じろりと見
一人者 かみさんたちに なぶられる
嫁の礼 (挨拶) 男の見るは 顔ばかり
欠落(かけおち)も 器用にすれば 惜しがられ
車引 女を見ると いきみ出し

 

近代の諸家

井上 信子
(明2~昭33)
どのように坐りかえても わが姿
一人去り 二人去り 仏と二人(夫剣花坊の追悼吟)(昭9)
草むしり 無念無想の 地を拡め(辞世)(昭33)
三笠 しず子
(明15~昭7)
ほっそりと 障子にうつる 猫の伸び
姉らしう 叱って置いて 泣きに立ち
飛んでゆく 風船玉の 赤い風
岡田三面子
(明元~昭和11)
源平は 絵になるように戦をし
鶴 彬
(明42~昭13 獄中死 29才)
都会から 帰る女工と 見れば病む(昭3)
全身を売って 胃の腑の 死にきれず  (昭3)
ざん壕で読む 妹を売る 手紙(昭11)
もう綿くずも 吸えない肺で クビになる (昭12)
手と足をもいだ 丸太にして かえし (昭12)

鶴 彬 の死んだ日の井上信子の日記。
鶴の危篤を聞いて、
「モウすべてを観念している自分としては 彼の個性が彼の肉体からはなれ一日も彼を安らかにしたいのが全望だった。さうして君が過去の奮闘を心から労ひたいのである。」

斎藤 松窓
(明18~昭20)
髪梳いて 病人 春の灯を ながめ
東野 大八(1914~2001) 引き揚げの眼に 花だけが 美しい (昭23)
死にかけた話 他人は笑うなり
野良犬の身についている人嫌い
食満 南北 今死ぬというのに しゃれも 言えもせず(辞世 昭35)
岸本 水府
( ~昭43)
四十年かかって 酒は毒と知る
麻生 葭乃
(昭56没 路郎の妻)
飲んで欲し やめても欲しい酒を酌ぎ
浴槽の ずらり立ったは みなわが子(四男五女)
木下 愛日
( ~昭59)
叱られて 寝る子が 閉めてゆく襖
友だちは 買うてもらった 子の寝顔
小出 智子
(大15~平9)
うちの酒が美味しいなどと言いはじめ
諍そうた夜も 枕が 二つある
今にして 子が膝に居た頃は よし
名曲を ゆっくり聞いている 仏

片岡 つとむ

( ~平10)

頬杖の 指うるわしき 中宮寺(平7)
森脇 幽香里
(広島で被爆した。)
逃げまどう 両手に 焼けた 皮膚が垂れ (平7)
水槽に 首突っ込んで 死んでおり
岸近く 筏のように 死体寄り
骨見える傷に 赤チン 塗るばかり
人を焼く においの中で 寝る闇夜
林 照子 この人も 妻子が待つか 手のぬくみ
悪夢から 女むっくり 起きて喫う
田辺 聖子 「道頓堀の雨に別かれて以来なり – 川柳作家・岸本水府とその時代」1998

 

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